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東京地方裁判所 平成5年(ワ)8197号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一九億八〇〇〇万円及びこれに対する平成三年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、金三四億四三二一万〇六〇〇円及びこれに対する平成三年一〇月五日から支払済みに至るまで年一割の割合による金員から金三四万七七八六円を控除した金員を支払え。

二  予備的請求(第一次)

被告は、原告に対し、金三三億九五八五万一九六八円及びうち金三二億六五八五万一九六八円に対する平成三年四月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  予備的請求(第二次)

被告は、原告に対し、金三三億〇三〇三万八一二七円及びこれに対する平成二年一二月二九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  取下(不同意)前の請求

被告は、原告に対し、金三四億四六四一万円及びこれに対する平成三年九月二七日から支払済みに至るまで年一割の割合による金員から金六五万四一六〇円を控除した金員を支払え。

第二 事実等

一  事案の概要

本件は、(一)主位的請求として、原告が、被告の斡旋により、訴外株式会社エヌ・ファ(以下「エヌ・ファ」という。)から、株式会社マルコー(後に株式会社MARUKOと商号変更、以下会社を「マルコー」といい、その株式を「マルコー株式」という。)の株式五〇万七〇〇〇株を三五億〇七四二万六〇〇〇円で買い受けたことについて、右取引は、実質上、原、被告間に金銭消費貸借契約が成立したものであるとして、被告に対し、貸金等の返還を求め、(二)予備的請求第一次として、右マルコー株式の買受けに際し、被告の使用人が違法な勧誘行為を行ったとして、原告が、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償の支払を求め、(三)予備的請求第二次として、原、被告間に昭和六二年一一月ころから平成三年六月ころまで取引一任勘定契約が成立したとして、原告が、被告に対し、同契約の債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償等の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告(旧商号はダイイチファイナンス株式会社)は、第一中央汽船株式会社(以下「第一中央汽船」という。)が昭和六二年一一月二日に一〇〇パーセント出資して設立された金融会社である。

被告は証券業を営む株式会社であり、被告の事業法人部は、上場企業から委託を受けてその資金を有価証券取引によって運用することなどを担当していた。

2  被告の第二事業法人部の菅隆亜(以下「菅」という。)は、原告に対し、昭和六二年一一月下旬ころ、株式取引を勧誘し、原告は、そのころから、被告を介して有価証券取引を行うようになった。

3  被告の取締役で事業法人部副本部長であった山野光俊(以下「山野」という。)と菅は、原告の代表取締役である山城三郎(以下「山城」という。)らに対し、平成三年三月二六日、原告が所有していたマルコー株式五〇万七〇〇〇株について、同月末日に一旦第三者への売却を斡旋するが、同年四月一日以降に再度これを第三者から買い取って欲しい、その場合は、同年六月末までに一定の利益を上乗せした価格でさらに第三者への売却を斡旋する旨申し向けて、右取引を要請し、山城はこれを承諾した。

原告は、右合意に基づき、マルコー株式五〇万七〇〇〇株を売却したのち、エヌ・ファから、同年四月一日(受渡日)、右マルコー株式五〇万七〇〇〇株を代金三五億〇七四二万六〇〇〇円で買い受けた。そして、そのころ、原告は、山野らの斡旋により、株式会社グローバル(以下「グローバル」という。)との間で、原告が右株式を代金三六億〇二七四万二〇〇〇円、受渡日同年六月二八日の約定で売り渡す旨の売買契約を締結した。

4  グローバルは、原告から、右マルコー株式につき、平成三年六月二八日の期限までに二万一〇〇〇株を約一億四九二二万六〇〇〇円、同年七月三〇日に一〇〇〇株を七一八万三〇〇〇円でそれぞれ買い取ったが、残りのマルコー株式については買取りを行わなかった。

マルコーは、平成三年八月二九日会社更正手続開始の申立をし、平成六年七月一日その更正計画が認可されたことにより、発行済のマルコー株式は、無償償却となり、全く無価値となった。

三  本件の主な争点

(なお、以下においては、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法を「旧証券取引法」といい、右改正後の証券取引法(平成四年一月一日施行)及び平成四年法律第八七号による改正後の証券取引法を含めて「改正証券取引法」という。)

1  金銭消費貸借契約の成否(主位的請求)

(一) 原告の主張

(1) 原告は、被告の取締役で事業法人部副本部長であった山野及び被告の第二事業法人部の部員であった菅との間で、平成三年三月二六日、次の内容の金銭消費貸借契約を締結した。

元本金額 三五億〇七四二万六〇〇〇円

金  利 年一割

貸付期日 平成三年四月一日

返済期日 平成三年六月二八日

担  保 マルコー株式五〇万七〇〇〇株

(2) 原告は、被告に対し、右契約に従い、平成三年四月一日、右金員を貸し渡した。これは、原告が、エヌ・ファに対し、右同日、右元本金額をマルコー株式五〇万七〇〇〇株の売買代金名目で直接支払うことにより行われた。

(3) 被告の担当者である山野及び菅には、被告を代理して右金銭消費貸借契約を締結する権限があった。

仮に、右両名にそのような権限がなかったとしても、山野は、被告の取締役事業法人部副本部長という肩書を有しており、これを信じた原告には正当な理由が認められるから、本件では表見代理が成立する。

また、被告は、右両名が被告の名義で借り入れた金銭を自らの業務に費消することにより、右両名が原告との間で締結した金銭消費貸借契約を追認している。 (4) 原告は、被告の弁済として、グローバルから平成三年六月二八日にマルコー株式二万一〇〇〇株の売買代金名下に一億四九二二万六〇〇〇円、同年七月三〇日に同株式一〇〇〇株の売買代金名下に七一八万三〇〇〇円を受け取り、さらに、被告からマルコー株式一〇〇万株を受け取り、これを市場で処分し八五六三万四一三二円を受領し、これらを利息、遅延損害金及び元本に充当した。

(二) 被告の主張

(1) 原告と被告との間で、原告主張のごとき金銭消費貸借契約が締結された事実はない。

(2) 被告の担当者である山野や菅には、被告を代理して金銭消費貸借契約を締結する権限はない。

2  不法行為の成否(予備的請求第一次)

(一) 原告の主張

(1) 被告の取締役であった山野及び社員であった菅は、平成三年三月二六日ころ、原告に対し、マルコー株式五〇万七〇〇〇株を対象とするエヌ・ファとの間の現先取引(有価証券の買戻条件付き売買取引)の一種である「とばし」取引(含み損を抱えた顧客の有価証券を証券会社の仲介で他の顧客に転売させていく取引。但し、売手に戻るという意味での買戻条件付売買(現先取引)ではない。)を勧誘し、その際、同年六月二八日までに一定の利益を上乗せした価格で右マルコー株式を第三者に買い取らせることを約束したが、そのような約束は、改正証券取引法五〇条の三第一項等の法令に違反し、刑罰をもって禁止されているものであり、当時においても、山野及び菅は、右の約束が反社会性の強い違法なものであることを認識していたから、このような違法な約束をして他の顧客との売買取引を勧誘する行為は、不法行為に該当するというべきである。

(2) 原告は、右不法行為によって次のとおりの損害を被った。

ア 三二億六五八五万一九六八円

右は、原告が、前記マルコー株式の取得に関し支出した金額から、それを処分するなどして回収できた金額を差し引いたものである。

イ 一億三〇〇〇万円

右は、本件損害賠償を求めるために原告が出捐した弁護士費用のうち、本件不法行為と相当因果関係のある損害である。

(3) 右山野及び菅の行為は、被告の業務と密接な関連を有し、その外形からみて、被告の事業執行の範囲内に属するもので、被告は使用者としてその責任を免れない。

(二) 被告の主張

(1) 山野や菅は違法な行為を行っていない。

仮に、右両名の行為が違法なものであるとしても、このような行為と本件で原告に生じた損害との間には、因果関係がない。

原告が、被告に対し、約束の履行を請求できないのは、右約束が法令に違反し無効だからであり、右両名に原告主張の職務権限があるか否かにかかわらず原告の損害は生じたといえる。

また、原告の損害は、グローバル(ないしマルコー)の支払能力の決缺によって生じているのであり、右両名の行為とは関係がない。

(2) 山野及び菅の行為は、被告の事業の執行としてなされたものではない。

また、右両名の行為が、被告の業務と密接な関連を有し、その外形から見て被告の事業執行の範囲内に属するとしても、右両名の行為が被告の事業の執行としてなされたものでないことにつき、原告に悪意又は重大な過失がある。

3  取引一任勘定契約による義務違反の有無(予備的請求第二次)

(一) 原告の主張

(1) 仮に、前記主張が認められないとしても、原告は、被告との間で、昭和六二年一一月ころから平成三年六月まで取引一任勘定契約を締結したものである。すなわち、この間の原告の一連の有価証券取引は、その取引実行方法が、原告が予め運用金額枠及び運用期間を定めていわゆる「ファンド」を設定し、被告がその枠内で自らの判断で銘柄の選定、売り買いの別、数量及び価格を決定するというものであったから、原告と被告との間に、いわゆる取引一任勘定契約が成立していたものというべきである。

取引一任勘定の法的な性格は、証券投資を目的とする顧客と証券会社との間の準委任契約であり、受任者である証券会社は、委任の本旨に従い、顧客の利益のために善良な管理者の注意を以て証券投資を行う義務を負う。そして、原告と被告との間の取引一任勘定において、原告が設定したファンドの運用の基本方針は、リスクの無い運用を行うことにあり、被告は、このような原告の運用方針を十分認識していたのであるから、リスクの少ない資金運用を行うべき注意義務があった。

(2) 被告は、マルコー株式が、店頭取引銘柄であり、証券取引所上場銘柄と比較して株価変動が大きく、また発行会社の経営基盤も脆弱な面があってそれだけ投資リスクが大きいものであったから、取引一任勘定契約における受任者としてマルコー株式の取得には一層慎重に対応すべき善管注意義務があったのに、これを怠り、平成二年九月二六日以降、原告の名義で、右ファンドの投資対象としてマルコー株式を取得した。

また、被告は、右マルコー株式の大部分を市場価格から著しく乖離した高値で市場を通さずに直取引で取得したが、これは、明らかに取引一任勘定契約の受任者としての善管注意義務に違反するものである。

よって、被告は、これにより原告が被った損害を賠償する義務がある。

(3) 原告は、被告の右義務違反により、少なくとも平成二年一〇月一日(同年九月二六日約定の受渡日)以降同年一二月二八日までの期間に原告のファンドの計算でマルコー株式の取得に要した費用から同期間中にマルコー株式を処分したことにより得た金額との差額に相当する合計額三三億〇三〇三万八一二七円の損害を被った。

(二) 被告の主張

(1) 被告のマルコー株式に対する投資判断は適切であり、少なくともその裁量の範囲を逸脱し著しく妥当でないとはいえないものである。それゆえ、被告には受任者として善管注意義務違反はない。

(2) 菅らは、平成二年九月二六日以降のマルコー株式の直取引分について、それに先だって有価証券売買契約書を原告方に持参し、原告の調印を取得している。したがって、右取引は、一任勘定取引とはいえない。

また、菅らは、平成二年九月二六日以降のマルコー株式の市場取引分についても、その後に原告の承認のもとに、原告の名義で直取引を行っているから、その時点で、市場取引分についても原告の追認があったとみるべきである。

4  改正証券取引法五〇条の三第一項違反の有無

(一) 被告の主張

仮に金銭消費貸借契約の成立が認められるとしても、これに基づく原告の請求は、実質的に損失補てん約束の履行を求めるものであって、損失補てん及び利益保証を禁止した改正証券取引法五〇条の三第一項を潜脱するものであり、その条項の趣旨に反し許されない。また、被告の使用者責任に基づく損害賠償請求や、取引一任勘定取引における善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権も、仮にこれが認められるとしても、やはり実質的に損失補てんないし利益保証を求めるものであるから、同様に許されない。

(二) 原告の主張

原告主張の金銭消費貸借契約は、有価証券売買の形式を有しているとしても、実質的には金融取引であるから、被告がその履行をすることは損失補てんに当たらない。同様に、不法行為に基づく損害賠償請求や、善管注意義務違反に基づく損害賠償請求についても、損失補てんないし利益保証を求めるものではないから、改正証券取引法五〇条の三第一項の潜脱となることはない。

5  過失相殺の有無

(一) 被告の主張

仮に、原告主張のとおり、被告の不法行為による損害賠償責任が認められるとしても、原告には、重大な過失があり、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告の主張

原告が、被告との取引を開始するに至った経緯、その他の事情からみて、原告には過失がない。

6  消滅時効の成否

(一) 被告の主張

(1) 仮に原告主張のとおり不法行為が成立するとしても、原告がこれに基づく損害賠償の請求をしたのは、平成九年一月二一日であるから、右請求権は、民法七二四条の時効により消滅している。すなわち、原告は、東京簡易裁判所平成四年(メ)第四二八号損失保証調停申立事件における平成四年一二月七日付上申書第二項(二)において、被告に対し、民法七一五条に基づき損害賠償の請求をしており、遅くとも右の時点までには、損害及び加害者を知ったものといえるから、三年後の平成七年一二月七日には消滅時効が完成している。

被告は、右消滅時効を援用する。

(2) 原告らは裁判上の請求ないし裁判上の催告により時効が中断している旨の主張をするが、債務不履行による損害賠償請求権と、不法行為による損害賠償請求権とは、それぞれその成立要件を異にし、実体法上、別個独立の請求権であるから、前者の請求をもって、直たに後者の請求についても裁判上の請求ないし裁判上の催告があったということはできない。

(3) 本件での被告の消滅時効の援用は、権利濫用にはならない。

(二) 原告の主張

(1) 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、損害が不法行為によるものであることを確定的に知ったときからであり、本件において消滅時効が進行を開始するのは、原告が、山野及び菅の勧誘行為が、違法な行為であり、山野らの職務権限の範囲内に属さないものであることを確定的に知ったときからである。つまり、損失補てん約束の履行請求に代わる金銭消費貸借契約の履行を求める原告の主たる請求が、実質上の損失補てん約束を理由に退けられ、同判決が確定したときから消滅時効は進行する。

(2) 仮に、そうでないとしても、原告は、平成五年五月一〇日、契約責任を求める主位的請求につき訴えを提起したから、この訴えの提起により不法行為責任を求める予備的請求についての消滅時効は中断している。本件のように,同一の事実関係を基礎とし、同種の給付を目的とする請求権については、一方の請求権に基づく訴訟の提起により、もう一方の請求権についても時効は中断すると解すべきである。

(3) 仮に、そうでないとしても、右主位的請求についての訴えの提起は、右予備的請求についていわゆる裁判上の催告の効力を有し、主位的請求訴訟の継続中は、予備的請求の消滅時効の進行が暫定的に中断すると解すべきであるから、右主位的請求の係属中になされた平成九年一月二一日の右予備的請求の消滅時効は確定的に中断している。

(4) 仮に、そうでないとしても、一般に時効制度が設けられた趣旨は、権利の上に眠る者を保護しないこと及び長期間の経過により証拠が散逸し事実関係が不明確になることに対処するという点にあるが、本件のような同一の事実関係に基づく請求の場合、右の二点のいずれにも当てはまらないことは明らかであるばかりか、一方の請求についてのみ消滅時効の成立を認めることは、具体的な妥当性を欠く結果となる。したがって、本件での諸般の事情からすれば、被告の消滅時効の援用は、権利濫用にあたり許されない。

第三 争点に対する判断

一  事実経過

前記争いのない事実等、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告の親会社である第一中央汽船と被告は、昭和五八年ころから投資信託等の取引を行っていたが、昭和六二年秋ころから、被告の第二事業法人部は、担当の取引先企業に対し様々な形で利益が上がるよう貢献し、同企業とのつながりを大きくし、それによりファイナンス業務(企業が転換社債発行や増資をする場合、被告がその発行事務等の幹事又は副幹事として、引受幹事団に加わる業務等をいう)を受注するなどして営業成績の向上を目指すという方針を打ち出した。そこで、このような業務推進の一環として、被告の社員である第二事業法人部の菅は、その担当する顧客である原告に対し、昭和六二年一一月下旬、債券現先や大口定期預金より利回りの高い資金運用方法として、株式現先取引ないし類似のいわゆる「とばし」取引(売手に戻るという意味での買戻条件付売買(現先取引)とは異なる。以下、これらを合わせて「現先取引」ともいう。)を提案した。この提案は、具体的には、(一)原告が、被告の指定する売主から、同年一一月末、被告の指定する銘柄及び株数の株式を約一〇億円で購入し、(二)被告が、原告に対し、翌年二月末に右株式を右購入価格約一〇億円に一定の利益を上乗せした価格で、被告の指定する買主に買い取らせることを約束するというものであった。

高利回りでリスクの少ない資金運用方法を探していた原告は、菅から持ちかけられた右運用方法が利回りなどが確定したリスクの少ない方法であると判断してこれを承諾し、昭和六二年一二月一日、原告が購入する分と売却する分の両方の売買契約書兼有価証券取引書を作成した。この取引では、被告であるコスモ証券株式会社の株式二一万二〇〇〇株代金約五億円と被告の第一回転換社債額面五億円が対象とされ、原告は、被告の菅の指示に従って、昭和六二年一一月三〇日、エム・ケイ・ファイナンス株式会社から右株式と転換社債を購入し、昭和六三年二月二九日、株式会社エヌ・エム・ファイナンスに対し右株式を、株式会社クレフィンに対し右転換社債をそれぞれ売却した。原告は、右のエム・ケイ・ファイナンス株式会社、株式会社エヌ・エム・ファイナンス及び株式会社クレフィン各社とは一面識もなく、すべて、被告の菅の指示に従って売買取引をしたが、右株式等の購入の際、被告の第二法人部長中野明彦は、原告に対し、右株式等の引取りについては被告が責任をもって履行する旨の中野名義の念書を作成して交付した。なお、原告は、この取引により一七二一万二〇八八円の売却益を取得したが、その純利益は、銀行からの原告の借入金の金利を差し引いた残額の四五三万一八七七円であった。

その後、原告は、被告その他の証券会社の仲介により、ほとんど右と同様のとばし取引のみを行うようになった。

2  菅は、原告に対し、昭和六三年六月上旬、前記とばし取引とは方法が若干異なる取引の提案をした。具体的には、原、被告間で、金額枠、運用期間、利回りを約定し、被告が、原告の同意を得ながら,右期間中、右金額枠の範囲内で単一、あるいは複数の銘柄(株式、公社債、投資信託等)を市場あるいは直取引で売買し、運用期間終了時にそれまでの売買利益が約定の利回り相当額に達しない場合は、約束した利回り相当額が得られるように残っている銘柄の売買単価を計算により増額して設定し、その金額で被告の指定する買主に買い取らせることを約束するというものであった。原告は、これも承諾し、以降、原告と被告の取引はこの方法によって行われ、各運用枠毎に頻繁に有価証券取引が行われた。原告と被告との間では、株式等の売却先は、被告が自己の責任でこれを探し出し、売却先として指定する約束になっており、現実に被告が原告に対して指定してくる売却先は、原告の全く知らない会社や個人ばかりであった。そして、原告は、当初、とばし取引による運用という性質から、被告の斡旋により、原告の最初の購入の時点で、特定の売却先の指定を受け、購入契約書の作成とともに、一定期間経過後の売却の契約書も同時に作成していたが、次第に、被告の指定する売却先が、売却日間近あるいは当日にならないと決まらないことが多くなったため、とりあえず購入時に仮の売却契約書を作成し、売却先が決定した段階で正式のものと差し替えるようになり、さらにその後は、あらかじめ売却の契約書を作成することもしなくなった。なお、右のような方法の取引においては、購入及び売却の際の株式等の単価は、時価よりも相当高くなっていた。

3  菅は、原告の担当社員である篠原政臣(以下「篠原」という。)に対し、平成元年七月ころ、店頭銘柄であるマルコー株式を五億円の範囲内で運用することを依頼し、篠原はこれを了承した。同年八月九日(約定日は八月四日)、初めてマルコー株式一〇〇〇株がとばし取引の対象として原告名義で被告により購入され、以降、被告の指定する運用銘柄の中で,マルコー株式の割合が徐々に増加して、平成二年九月初めころには、被告により原告名義で購入されたマルコー株式は一一万三〇〇〇株に達した。平成二年九月一八日、スイス市場においてマルコーの転換社債の価格が急落し、これが原因で、東京市場においてもマルコーの株価が急落した。マルコーの株価は、同月三日に、高値で一株あたり七〇七〇円であったが、同月一七日には、高値で六一〇〇円まで下がり、更に翌一八日には高値で五二九〇円まで急落した。菅は、原告に対し、同年九月一八日ころ、原告の保有するマルコー株式一一万三〇〇〇株を、同年九月二七日(受渡日)に直取引でジャスコ株式会社に売却することを提案し、これが実現したことによって、原告の保有するマルコー株式の残高は一旦無くなった。

4  菅は、篠原に対し、平成二年九月二七日ころ、一〇億円の運用枠を同年一〇月一日から同年一二月二六日まで一〇パーセントの利回りで設定してほしい旨依頼し、篠原はこれを承諾した。この他、同年一〇月から一二月までに設定された運用枠は、右の一〇億円の枠を含めて八口となった。この運用枠の中で、被告によって原告名義で、マルコー株式が売買され、銘柄の入替えが進むうち、次第にマルコー株式の占める割合が増加した。マルコー株式は、同年九月の急落以来値を下げ続け、同年一二月二八日には高値で一四〇〇円にまで下がり、その後も上昇しなかった。原告は、被告の指示に従い、右運用枠の中で、株式会社デナフ東京支店から、同年一二月二〇日(受渡日)、マルコー株式二四万一〇〇〇株を単価七二六七円四八銭で購入したが、当時その店頭市場価格は右購入単価の四分の一以下の一七〇〇円程度であった。

菅は、篠原に対し、前記約定期限である同年一二月二六日、期限延長の依頼を行ったが、篠原は資金調達が不可能であったためこれを断った。このとき、菅は、篠原に対し、株式はすべてマルコーの関係取引先あるいは関係会社が引き取る約束になっているのだが、資金調達が思うようにいかないため履行が遅れており、被告の役員等がマルコーに赴いて、早急に引き取るよう説得中であると伝えた。この他、被告取締役事業法人部副部長である山野も、原告の親会社である第一中央汽船の経理部次長である谷口好宏(以下「谷口」という。)に対し、運用期限延長の依頼を何度も行ったが、谷口もこれを断った。同月二八日(受渡日)、ようやく、菅は、マルコー株式の売却先を株式会社キャプテンに決定し、これに従って、原告は、株式会社キャプテンに対し、マルコー株式五〇万七〇〇〇株を三三億二〇八五円(受渡金額)で売り渡した。その上で、同日、菅は、篠原に対し、運用期間平成三年一月四日から同年三月二九日まで、運用金額合計三三億五一〇〇万円、利回り年率九.五パーセントの約定による株式現先の運用を提案し、篠原はこれを承諾した。これに基づき、菅の指示に従って、原告は、株式会社キャプテンから、同年一月四日(受渡日)、マルコー株式五〇万七〇〇〇株を三三億五一二七万円で買い受けた。なお、右期間内に、右運用案件以外にも複数の運用枠が設定され、右マルコー株式以外の銘柄の株式等による現先取引が相当数行われた。

5  平成三年三月二六日、山野と菅は、原告事務所を訪れ、第一中央汽船の常務取締役で原告会社代表取締役を兼務していた山城と第一中央汽船の経理部次長谷口に対し、マルコー株式五〇万七〇〇〇株を同月二九日に一旦売却したあと同年四月一日から同年六月末までその売却資金等を概ね右と同じ利回りなどの約定で再運用することを依頼し、山城と谷口はこれを承諾した。その際、山野は、原告に対し、従前と同様に、被告が右期限までに右マルコー株式の確実な買取先を必ず探してくることを約束した(以下「本件約束」という。)そして、山野は、早ければ同年五月中に右株式の決裁、すなわち原告からの右株式の買取りを実行することがありうることを谷口らに伝えた。

原告は、山野らとの右合意に基づき、同人らの指示に従って、平成三年三月二六日、エヌ・ファとの間で、マルコー株式五〇万七〇〇〇株(以下「本件株式」ともいう。)を、受渡日同月二九日、代金三四億七四四七万一〇〇〇円の約定で原告が売り渡す(直取引)との売買契約を締結するとともに、右株式を、受渡日同年四月一日、代金三五億〇七四二万六〇〇〇円の約定で原告が買い受ける(直取引)との売買契約を締結し、その各履行として、同年三月二九日に、一旦、右株式を売り渡したのち、同年四月一日、再び右株式の引渡しを受け、エヌ・ファの預金口座に右代金を振り込んで支払った(以下、右の買受けを「本件取引」という。)。なお、原告とエヌ・ファとの間の右各売買取引を証する契約書には、それぞれ「有価証券売買契約書」との標題が付され、「銘柄」、「単価」、「株数」、「受渡金額」、「有価証券取引税」、「受渡日」の各約定が記載されており、「譲渡人」、「譲受人」の各欄に原告とエヌ・ファの各記名押印がある。また、原告は、会社の会計帳簿上、右売買取引を、有価証券の売買として記載し、現実に、右売買に伴い有価証券取引税を支払った。

その後、菅は、右約束の実行として、原告に対し、同年四月初旬ころ、グローバルが、原告から、受渡日同年六月二八日、一株の単価七一〇六円、代金総額三六億〇二七四万二〇〇〇円の約定で本件株式を買い取る旨の同年三月二八日付けのグローバルの記名押印がある有価証券売買約定書及びマルコーが原告に対してグローバルの右買取債務(代金支払義務)を連帯保証する旨約束した同日付マルコー作成名義の原告宛保証書を持参し、グローバルがマルコーの関連会社であることや被告の要請でマルコーに右保証書を差し入れさせたことを説明して、右書類を原告に交付した。

6  ところが,グローバルは、原告から、同年六月二八日の期限までにマルコー株式二万一〇〇〇株を約一億四九二二万六〇〇〇円、同年七月三〇日にマルコー株式一〇〇〇株を七一八万三〇〇〇円、合計一億五六四〇万九〇〇〇円で買い取ったが、残りのマルコー株式については買取りを実行しなかった。なお、グローバルへの右売却の際、原告は、有価証券取引税として合計四六万九一〇〇円を支払ったので、実際に原告が取得した金額は一億五五九三万九九〇〇円であった。

マルコーの伊藤常務は、菅からの要請により、同人に対し、マルコーの代表者であり関連企業グループ(フテログループ)の代表である金沢正二が原告に対しマルコー株式の引受け斡旋の履行(引受総額三五億円)及びマルコー株式一〇〇万株を担保として提供する旨を記載した平成二年一二月二八日付け右フテログループ代表金沢正二作成名義の原告宛誓約書を引き渡し、菅は、原告に対し、これを平成三年六月末ころ引き渡した。

マルコーは、平成三年八月二九日、会社更正手続開始の申立をし、平成六年七月一日更正計画が認可されてマルコーの発行済株式全部が無償償却され、マルコー株式は全く無価値となった。

被告は、マルコーないしその代表者であった金沢正二から、同人名義のマルコー株式二〇〇万株を預り、その中から、原告に対し、平成三年一二月二五日、一〇〇万株を引き渡した。原告は、被告を介して、平成四年一月一〇日から同年二月一二日にわたり右株式一〇〇万株を市場で処分し、合計金八五六三万四一三二円を受領した。

二  争点1(金銭消費貸借契約の成否)について

1  原告は、被告との間で、平成三年三月二六日、金三五億〇七四二万六〇〇〇円、利息年一割、弁済期同年六月二八日の金銭消費貸借契約が成立した旨主張し、原告が取得した本件株式はその担保である旨主張する。そして、《証拠略》中には原告の主張にそう部分がある。

しかしながら、前記認定の事実関係によれば、山野及び菅は、原告に対し、平成三年三月二六日、三か月後に年率約九.五パーセントの利益を上乗せした価格で第三者に転売を斡旋するという約束(本件約束)をして、原告をして、エヌ・ファから当時の相場価格を四倍以上上回る三五億〇七四二万六〇〇〇円でマルコー株式五〇万七〇〇〇株(本件株式)を買い取らせたものであるところ、原告とエヌ・ファとの間には、原告がエヌ・ファから代金三五億円余で本件株式を譲り受ける旨の有価証券売買契約書が作成され、原告の会計帳簿上も、有価証券の売買として記載され、また、右代金が原告からエヌ・ファ名義の預金口座へ振り込んで支払われ、原告が実際に右取引につき有価証券取引税を納付していることが認められるが、他方、山野らと原告との間には、三五億円余の巨額であるのに、金銭消費貸借契約を証する書面が全く作成されておらず、原告から被告に対し三五億余円が交付されたこともない。

また、前記認定事実によれば、原告が貸金の担保であると主張する本件株式の時価は、右の原告とエヌ・ファとの取引の当時、原告主張の「貸金」額の四分の一にも満たず、貸金の担保としては、不自然、不合理である。

さらに、山野は、代表権を持たない一平取締役であり、菅もまた、被告第二事業法人部の平社員であったのであるから、被告を代表して、三五億円余にものぼる巨額の金銭消費貸借契約を締結する権限があったとも認められない。

右認定、判断に照らすと、前記のような、山野及び菅が、原告に対し、第三者への転売の斡旋を約束して、原告をエヌ・ファから本件株式を三五億円余で譲り受けさせたことをもって、原告と被告との間に三五億円余の金銭消費貸借契約が成立したと認めることはできない。

他に、原告主張の金銭消費貸借契約の成立を認めるに足りる証拠はない。

したがって、争点1についての主張は採用できない。

三  争点2(不法行為の成否(予備的請求第一次))について

1  前記認定の事実関係によれば、平成三年三月二六日、山野及び菅(以下「山野ら」ともいう。)と原告との間で、山野らの指示に従い、原告がエヌ・ファから本件株式を三五億〇七四二万六〇〇〇円で買い受けた上、同年六月二八日限り、右価格に一定の利益を上乗せした価格で本件株式を第三者に買い取らせることを被告が斡旋する旨の約束(本件約束)が成立し、これに基づいて、原告がエヌ・ファから本件株式を右価格で買い受けた(本件取引)ことは明らかである。 2 原告は、山野らの本件約束行為は、改正証券取引法五〇条の三第一項等に違反し、当時においても、反社会性の強い違法な行為である旨主張するので、以下検討する。

(一) まず、改正証券取引法五〇条の三第一項は、有価証券の売買その他の取引につき、当該有価証券等について顧客に損失等が生ずることとなった場合には自己又は第三者がその全部又は一部を補てんなどするため、当該顧客等に財産上の利益を提供する旨を当該顧客等に対し事前に約束するなどの行為を禁止しているところ、前記認定事実によれば、原告がエヌ・ファからマルコー株式を買い受けた本件取引は、含み損を抱えた顧客から証券会社の仲介で他の顧客へ転売させていく、いわゆる「とばし」取引であり、原告及びエヌ・ファの認識としては、一種の金融取引と考えられていた面もあったことが推認されるが、右のような認識の下に行われた売買取引には、有価証券取引として改正証券取引法が適用されるか否かが先ず問題となる。

前記認定事実によれば、原告とエヌ・ファとの間の本件取引には、有価証券売買契約書と題する契約書が作成されていること、原告の会計帳簿上も有価証券の売買として記載されていること、原告は実際に右取引について有価証券取引税を支払っていることが認められる。また、仮に、本件取引の目的物であるマルコー株式の市場価格が高騰し、原告の購入価格を上回った場合には、原告は右株式の転売を要求することなく、そのまま市場で売却して利益を得ることも認められていたと考えられる。

これらの諸事情を勘案すると、本件取引は、有価証券取引と解すべきであり、改正証券取引法の規定が適用されるべきである。

(二) 次に、前記のとおり、山野らは、原告に対し、有価証券売買の形式をとった上で、取得価格に一定の利益を上乗せした価格での転売を約束したものであるが、改正証券取引法五〇条の三第一項一号の「損失」及び「利益」は、直接的に相場の変動によって生じたものに限定されるか否かが問題となる。

しかし、同号にいう「損失が生ずることとなり」又は「利益が生じないこととなった場合」における「損失」及び「利益」については、特に損失又は利益が直接的に相場の変動によって生じたものであることに限定する旨の規定が設けられていない。また、同号は、顧客の損失又は利益が「有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券等について」生じたものであることを要するとしているが、顧客の含み損を抱えた有価証券を買い取った場合には、当該顧客の損失は、当該有価証券取引によって生じたものといえるから、本件取引のような「とばし」取引における含み損は、ここにいう「損失」にあたるものと解される。さらに、本件約定のように、証券会社が、あらかじめ顧客の取得価格に一定の利益を上乗せした価格で第三者への転売を約束した上で、市場価格から著しく乖離した価格による有価証券の直取引を斡旋することは、証券市場における正常な価格形成機能をゆがめるとともに、有価証券の取引の公正を害するという点では通常の損失補てんと変わりがないというべきである。

したがって、本件のような「とばし」取引によって生じた損失も、改正証券取引法五〇条の三第一項一号にいう「損失」及び「利益」にあたると解すべきである。

(三) さらに、前記のとおり、原告及びエヌ・ファは、本件取引を金融取引であると考えていた一面もあるが、このような当事者の認識が金融取引であっても、改正証券取引法五〇条の三第一項一号にいう補てんなどの目的を認定することができるかが問題となる。

しかし、同条が補てんなどの目的を要するとした趣旨は、顧客の損失に対する証券会社の利益提供のうち、損失と利益提供との間に因果関係が認められる場合のみを禁止しようとしたものと解されるから、本件の「とばし」取引のように損失と利益提供とが直接に結びついていることが明確である場合に、補てんなどの目的の認定を厳格に行うのは相当ではない。また、損失補てんなどに該当するためには、顧客において補てんなどの認識があることは必要ではなく、証券会社の役員、使用人に補てんなどの認識があれば足りるとも考えられる。

したがって、「とばし」取引である本件取引においても、前記損失補てんなどの目的を認定することができる。

(四) 右に検討したとおりであり、山野らが、原告をして、エヌ・ファから本件株式を三五億〇七四二万六〇〇〇円で買い取らせた上で、原告に対し、三か月後に本件株式を三六億〇二七四万余で第三者に引き取らせることを約束した行為は、改正証券取引法五〇条の三第一項一号に該当するものというべきである。 そして、旧証券取引法五〇条一項三号に規定する「損失」の意義は、前記改正証券取引法五〇条の三第一項一号の「損失」と同様に解すべきであり、損失の負担者についても、証券会社自身に限られず、第三者も含まれると解されるから、山野らの右約束をして勧誘する行為は、旧証券取引法五〇条一項三号に規定する「損失の全部又は一部を負担することを約して勧誘する行為」に該当するというべきである。

3  ところで、平成三年三月二六日当時における本件のような損失補てん約束の違法性等について検討する。

まず、事前の損失補てんの約束、利益保証や損失補てん等の実行に関する証券取引法の改正の経過は、次のとおりである(公知の事実。なお、甲第三八八号証である最高裁平成五年(オ)第二一四三号平成九年九月四日第一小法廷判決参照。)。

(一) 旧証券取引法五〇条一項三号は、有価証券の売買その他の取引等につき、証券会社又はその役員、使用人は、顧客に対して当該有価証券について生じた損失の全部又は一部を負担することを約して勧誘する行為をしてはならないとして、これらの者が勧誘に際して損失保証の約束をすることを禁止していた。また、旧証券取引法五〇条一項五号に基づく「証券会社の健全性の準則に関する省令」一条二号は顧客に特別の利益を提供することを約して勧誘する行為を禁止していた。

旧証券取引法五〇条一項三号又は五号に違反した場合には、その行為をした証券会社や外務員に対し、証券業の免許の取消し、業務の停止、外務員の登録の取消し、職務の停止等の行政処分が課されるのみで、刑罰が科されることはなかった。なお、旧証券取引法には、顧客に損失が生じた後にその損失を補てんする行為については、これを禁止する規定が設けられていなかった。

(二) ところが、平成元年一一月ころに、一部の大手証券会社が大口顧客に対して約一〇〇億円に上る損失補てんを行っていたことが発覚して、大きな社会問題となり、証券取引の公正性と証券市場の透明性を確保する観点から、証券会社の営業姿勢の適正化が強く求められることとなった。そこで、大蔵省は、同年一二月二六日、日本証券業協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達を発し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失補てんや特別の利益提供も厳に慎むべきこと等について、所属証券会社に周知徹底させるよう要請した。

一方、日本証券業協会は、平成元年一二月二六日、右通達を受けて、同協会の内部規則である「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行わないことはもとより、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎むものとし、取引の公正性の確保につとめるものとする。」との規定を新設した。

(三) その後、平成三年六月に、大手証券会社四社を中心とする多数の証券会社が巨額の損失保証、損失補てんを行っていたという、いわゆる証券不祥事が表面化したことを契機に、平成三年法律第九六号をもって旧証券取引法が改正され、改正証券取引法五〇条の二は、刑罰をもって損失保証及び損失補てんを禁止することになった(同法一九九条一号の五)。改正証券取引法は平成四年一月一日から施行され、その後、右五〇条の二の規定は、平成四年法律第八七号により一条繰り下げられ、五〇条の三として現在に至っている。

改正証券取引法五〇条の三は、一項において、事前の損失保証、利益保証の申込み、約束の禁止(一号)、事後の損失補てん、利益追加の申込み、約束の禁止(二号)、事後の損失補てん、利益追加の実行の禁止(三号)を定め、二項において、顧客についても、その要求により損失保証の約束等をすることを禁止している。そして、改正証券取引法は、違反行為に対しては懲役刑を含む刑罰を科するものとし(一九九条一号の六、二〇〇条三号の三)、さらに、顧客が財産上の利益を得た場合にはその利益を没収、追徴することとしている(二〇〇条の二)。

(四) ところで、事前の損失補てん約束(以下「損失保証」ともいう。)損失保証は、元来、証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに、証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであって、反社会性の強い行為であるといわなけれはならず、このことは、右改正証券取引法の施行前においても、異なるところはなかったものというべきである。そして、損失補てんなどの実行も、反社会的性格を有することは損失保証、利益保証の場合と同様であったというべきである。

もっとも、旧証券取引法の下においては、損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘等は違法な行為とされていたものの、行政処分を課せられていたにすぎず、学説の多くも損失保証契約は私法上有効であると解しており、事後の損失補てんの実行等に関しては法律上の禁止規定でさえ設けられていなかったから、従前は損失保証や損失補てんなどが反社会性の強い行為であると明確に認識されてはいなかったものといえる。

しかし、前記のとおり、平成元年一一月に証券会社が損失補てんをしたことが大きな社会問題となり、これを契機として、同年一二月には、大蔵省証券局長通達が発せられ、また、日本証券業協会も右通達を受けて同協会の規則を改正し、事後的な損失補てんを慎むよう求めるとともに、損失保証や特別の利益提供による勧誘が法令上の禁止行為であることにつき改めて注意が喚起されたなどの経過からすれば、この過程を通じて、次第に、損失保証や損失補てんなどが証券取引の公正を害し、強い社会的非難に値する行為であることの認識が形成されていったというべきであり、遅くとも、山野らが原告に対し本件約束をした平成三年三月二六日当時においては、既に、損失保証や損失補てんなどが証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在したものとみるのが相当である。

4  右のような社会的認識の存在を前提とすれば、被告の取締役であり第二事業法人部長であった山野及び同部員であった菅は、平成三年三月二六日当時、本件におけるようないわゆる「とばし」の受け皿となることを原告に依頼し、原告のために利益保証等の約束をして市場外で時価と著しく乖離した価格による本件のような取引を締結させることは、それ自体証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものとして、公序に反し強い社会的非難に値する行為であることを十分に認識していたものというべきである。それにもかかわらず、山野及び菅は、原告に対し、平成三年三月二六日、三か月後に年率約九.五パーセントの利益を上乗せした価格で第三者に引き取らせることを約束(本件約束)した上で、エヌ・ファから当時の市場価格を四倍以上も上回る三五億〇七四二万六〇〇〇円でマルコー株式五〇万七〇〇〇株(本件株式)を買い取るよう勧誘し、原告をして、エヌ・ファから右価格で本件株式を買い取らせ、原告に後記の損害を被らせたものであり、山野らの右勧誘行為は、不法行為に該当するというべきである。

5  山野らの右不法行為により原告の受けた損害は、本件株式の購入により原告が出費した三五億〇七四二万六〇〇〇円から、原告がグローバルから回収した一億五五九三万九九〇〇円(グローバルから支払われた計一億五六四〇万九〇〇〇円から、原告が有価証券取引税として支払った計四六万九一〇〇円を差し引いたもの)と、原告が被告を介してマルコーないし同社の当時の代表者である金沢正二から取得したマルコー株式一〇〇万株を売却処分して得た八五六三万四一三二円、合計二億四一五七万四〇三二円を控除した三二億六五八五万一九六八円と認められる。

6  そして、免許業者である被告において、山野らが右のような行為を行うことを予め認識し、これを容認していたと認めるに足りる証拠はなく、前記のとおり、山野らが被告の承認を得ないで、無権限で本件約束を結び本件取引を勧誘していたというべきであるが、その役員、使用人が行う証券取引の勧誘は、証券会社の事業の執行として行われ、山野らによる本件約束をした上での本件取引の勧誘も、証券取引の一環としてなされたものであり、また、原告が、本件取引当時、被告の内部において利回り保証等がどのように取り扱われているかを正確に認識するのは困難であったことも考慮すると、山野らの右行為は外形からみて被告の事業の執行の範囲内に属する行為であるといえる。したがって、被告は、山野らの不法行為について使用者としての責任がある。なお、本件約束と本件取引が被告の容認しない事業の執行の範囲外の行為であることを原告が認識し、あるいは認識しなかったことについて重大な過失があったとは認められない。

四  争点4(改正証券取引法五〇条の三第一項違反の有無)について

1  被告は、損失保証、利益保証等の約束の下に行われた証券取引により生じた損害について、不法行為を理由としてその賠償を求めることは、改正証券取引法五〇条の三第一項が事後の損失補てんや利益追加の実行を禁止している趣旨を潜脱するもので許されない旨主張する。

2  しかしながら、禁止されている損失保証、利益保証の約束に基づきその約束の履行を求めることと、違法な損失保証、利益保証の約束をして証券取引を勧誘する行為を不法行為としてその損害賠償を求めることは別個の問題であり、損害賠償を認めることが直ちに損失保証、利益保証と同等の利益を与えることを意味するものではなく、不法性の程度、損害額、過失相殺によりその内容が定まるものである。証券市場における正常な価格形成機能の保持と証券取引の公正性の保持に第一次的な責任を有する証券会社が、自ら違法な損失保証、利益保証の約束の下に投資勧誘をして顧客に資金提供をさせた場合に、顧客からの損害賠償請求を一切禁じることが改正証券取引法五〇条の三第一項の規定の趣旨であると解するのは相当でなく、同条第二項が,証券会社の顧客については、同条第一項各号の損失保証、損失補てんなどの約束を自ら要求し、又は第三者をして要求させた場合に限り罰則をもって禁止している法意に照らすと、損失保証、利益保証の約束をして証券取引を勧誘した証券会社ないしその役員、使用人側と、右約束を信じて証券取引をした顧客の双方の不法性の程度を比較して、顧客の不法性の程度が著しく強く、損害賠償請求を認容することが公序良俗の維持の観点から相当でないと認められる場合に、初めて不法行為の成立が否定され、あるいは民法七〇八条の類推適用によってこれを拒否することができると解するのが相当である。

3  そして、本件においては、原告は、その設立当初から多くの株式現先取引(類似の「とばし」取引を含む)を続け、山野らの勧誘に従い、「とばし」の受け皿となって証券会社との間で損失保証、利益保証の約束をしてきたものであり、本件約束をした上で株式取引をすることが当時社会的に問題となっていた利益保証や損失補てんに該当する可能性があることを認識できたものと認められる。したがって、このような認識を持ちながら、結局山野らの要請に応じた原告側にも相当の落度があることは否定できないが、前記認定の事実関係の下においては、原告のその違法性についての認識は、低いものであったと考えられる。

これに対し、被告は、証券市場の仲介者として公正中立性が強く求められる免許を受けた証券会社であって、証券取引の公正実現に向けて証券取引に関わる法令、通達、協会規則等を了知し、これら法令等を遵守すべき立場にあり、山野及び菅も、被告の取締役ないし使用人として、証券取引等の法令を遵守しなければならない立場にあったものである。前記のとおり、本件約束は、原告が自ら要求して結ばれたものではなく、山野らによって繰り返し行われてきたいわゆる「とばし」取引の前提として、その受け皿になることの要請に付随して提案されたものであること、結果的に、本件では、原告の出捐により被告からエヌ・ファに対する違法な損失補てんないし利益追加が行われたことなどに照らせば、被告側の不法性に比べ、原告側の不法性は低いというべきであるから、不法行為の成立を肯定すべきであり、かつ民法七〇八条の類推適用によって本件不法行為に基づく請求が許されないということはできない。

したがって、被告の前記主張は採用できない。

五  争点5(過失相殺)等について

1  前記認定の事実関係及び双方の不法性の程度等本件に表れた諸般の事情を勘案して過失相殺をすると、本件不法行為による原告の損害としては、前記損害額の約六割(過失相殺約四割)に相当する一九億円と認めるのが相当である。

2  また、弁護士費用については、本件事件の内容及び日本弁護士連合会会規報酬等基準規程(日弁連会規第三八号による改訂前のもの)等を勘案して八〇〇〇万円の限度で認容するのが相当である。

六  争点6(消滅時効、時効の中断及び権利の濫用)について

1  民法七二四条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者の加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに加害者ないし損害を認識しえた場合をいうものと解すべきであるところ、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴提起以前である平成四年一二月七日、東京簡易裁判所における調停において民法七一五条に基づき損害賠償を求める上申書を提出したこと、遅くとも、そのころまでには、被告及びグローバルが本件株式の引取りを履行しないことが確実になったことが認められる。これによれば、原告は、被告に対し、遅くとも、右の平成四年一二月七日以降は不法行為に基づく損害賠償を請求することが事実上可能であり、加害者ないし損害を認識しえたと一応認められる。

2  弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実によれば、原告は、本件訴え提起(平成五年五月一〇日)当初、その請求原因として、損失保証契約に基づく履行請求を主張していたが,その後、平成六年四月八日の第七回口頭弁論において、金銭消費貸借契約(ないし融資契約)に基づく貸金返還請求及び債務引受けないし保証契約に基づく履行請求を選択的に追加し、さらに、平成九年一月二一日に不法行為による損害賠償請求を追加し、最終的に、同年一一月七日、右金銭消費貸借契約を主位的請求とし、予備的請求として、第一次的に不法行為による損害賠償請求を、第二次的に取引一任勘定契約における善管注意義務違反による損害賠償請求を追加し、整理したことが認められる。

3  ところで、損失保証契約の履行請求権と、不法行為に基づく損害賠償請求権は、実体法上別個独立の請求権であるといわざるをえず、一方の請求権に基づく訴訟の提起によりもう一方の請求権について、当然に裁判上の請求ないし裁判上の催告があっものとみなすことはできない。したがって、原告が当初損失保証契約の履行請求をしたことにより、それと請求の基礎を同一にする不法行為に基づく損害賠償請求についても、裁判上の請求ないし裁判上の催告があったものと解することはできない。

しかし、前記認定のような本件訴訟の経過、弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実によれば、原告は、平成四年に東京簡易裁判所に対し、被告を相手方として、本件取引による損失補償を求める調停申立て(東京簡易裁判所平成四年(メ)第四二八号事件)を行い、同事件において同年一二月七日民法七一五条に基づき損害賠償の請求をするとの上申書を提出し、平成五年四月二七日民事調停法一四条の規定により右調停事件が終了したが、その旨の通知を受けた日から二週間以内(同法一九条)の日である同年五月一〇日に右調停の目的となった請求について本件訴えを提起したこと、原告は、本件訴訟の当初から、本件取引及びその前後の事実経過を主張して損失保証契約の履行請求を行っており、後に同一の事実を不法行為にもあたりうると法的に評価して不法行為に基づく損害賠償請求を予備的請求として追加したことが認められ、いずれの権利関係についても前提となる事実が当初から訴訟上顕れており、証拠の散逸の恐れはなく、原告が権利の上に眠る者ともいえず、事実関係について被告の攻撃防御の機会を奪うものではない。また、法律上の主張についても、前記三3での認定事実及び当裁判所に顕著な事実によれば、旧証券取引法の下においては、損失保証による勧誘等は違法な行為とされていたものの、行政処分を課せられていたにすぎず、学説の多くも損失保証契約は私法上有効であると解しており、事後の損失補てんの実行等に関しては法律上の禁止規定でさえ設けられていなかったことや、平成九年九月四日に言い渡された前記最高裁判所判決により初めて裁判上明確に、旧証券取引法の下において締結された損失保証契約が公序に反し無効である旨が宣言されたことなどが認められ、これらに照らすと、原告が本件訴訟当初から不法行為に基づく損害賠償請求権を予備的請求として主張していなかったとしても、原告がことさらに権利行使を怠っていたと解するのも相当ではない。

以上の点及びその他本件事実関係の下における諸般の事情を考慮すると、本件において被告が、原告の不法行為の損害賠償請求に対し、消滅時効を援用することは、権利の濫用にあたり、許されないものというべきである。

したがって、被告の消滅時効の主張は認められない。

七  原告主張のその余の請求について

1  原告は、被告に対し、訴え提起当初、損失保証契約を請求原因とする履行請求を行い、また、後に金銭消費貸借契約に基づく請求をする際に、併せて引受履行請求権ないし保証債務履行請求権に基づく請求を選択的に主張していたところ、いずれもその後の請求の整理により原告はこれらを取り下げたものであるが、被告がその取り下げに同意しないので、この点について判断する。

損失保証契約に基づく履行請求は、仮に、原告が山野らを介し被告との間でその旨の契約を締結していたとしても、前記のとおり、損失保証を求めることは、本件約束がなされた当時から公序良俗に違反するものと考えられるから、民法九〇条により無効であり、原告の右主張は理由がない。

2  引受履行請求権ないし保証債務履行請求権については、原告は、被告によってグローバルの有する債務の引受契約ないし同債務を主債務とする保証契約が締結されたとして、これに基づく履行を請求するものであり、証人篠原政臣、同谷口好宏の各証言中には右主張にそう部分もある。しかし、これらは、前記認定事実に照らしてたやすく信用できず、他に原告主張の債務引受契約ないし保証契約が締結されたことを認めるに足りる証拠はない。よって、この点に関する原告の主張も理由がない。

なお、原告は、被告に対し、予備的請求第二次として、取引一任勘定契約に基づき善管注意義務違反による損害賠償請求をするが、前記認定の事実関係に照らすと、本件全証拠によっても、原、被告間に取引一任勘定契約が成立したことを認めることはできない。

第四 結論

以上のとおりであり、原告の被告に対する本訴請求は、予備的請求(第一次)である不法行為に基づく損害賠償請求のうち、一九億八〇〇〇万円及びこれに対する不法行為後の平成三年四月二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求(主位的請求、予備的請求、取下前の請求)は、すべて理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川頼明 裁判官 村野裕二 裁判官 岩井直幸)

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